いつか、どこかの私へ

軽やかに自由に、生き方について考えたり遊んだり。

アギシュ奥会津に落選しても世界はまわる

アキナ牛シュタイン。

 

これから日本のお笑い界を背負っていくであろう、アキナ・和牛・アインシュタインの三組が奥会津のバスツアーをすると聞いて私は秒速でプレミア会員になり、秒速で落選した。

 

秒速というのは誇大表現だけれど、感覚としてはそうなのだからそうしとく。ツラい。というか10月にアキナと和牛と銀シャリの奥会津バスツアーに行っているのでいいだろうとも思う、前回、日程の都合であまり参加出来ていなかった銀シャリさんや和牛さんの分もアキナさんにはかなり良くして頂いたとも思う。気持ちよく写真に応じてくださったりとか。

 

それにしたって切ない。今回はふれあいがテーマとか、2日とも3組揃ってくださるとか、カラオケでデュエットとかサイン会とか一緒に只見線に乗車とか幸せ企画が目白押しで切ない。嬉しかった項目が落選した今では全て切なく感じる。うう。

 

というか頻繁じゃない???ありがたいけども頻繁じゃない?????あと何で新潟発が無いの???????

 

いやもう頻繁でもいいので集合場所も行先もどこだっていいのでまた開催してください、バスツアー。売れてる芸人さんたちのホスピタリティたるや凄まじい…というか出待ちじゃなく芸人さんと写真撮れたり話せるのって凄いことなんやで…出待ちしたらいいんか?????それはめんどいな…眠いし…対応めんどくさがられたらしんどいしな…

 

最終的にはまた何かしらこういう企画はあるよね!!!!!という気持ちと、当選された皆さんに素敵な旅のエピソードと奥会津とアギシュの画像をお土産に貰うことで気持ちを落ち着かせました。多分。多分落ち着いた、多分…

 

また3月31日にはM-1ツアー新潟でアギシュ揃うし…それは観に行けるし…

 

行かなくても向こうから来るなんて嬉しい。

 

くーーーーーー!!!バスツアー行きたかった!(落ち着いてなかった)

 

まあでもこういうね、悔しい気持ちとか切ない気持ちとかも一回は自分で認めてあげて、そこから立ち直ったり他の楽しいことをしたらいいですよね。

 

アギシュバスツアー行きたかった!水田さんとツーショット写真撮りたかった!川西さんに話しかけてみたかった!生のアインシュタイン見たかった!アキナさんたちに、前回でアキナさんのことが大好きになったと伝えたかった!

 

そして、それはこれからまた叶う!はず!

 

わーーーーーん!生きていくぞ!楽しく!

大好きなものを教科書にする~和牛のラジオから学ぶ~

わぎゅう和牛WAGYUの日々です。最近金属バットも好きです。

 

さて和牛さん、ラジオにテレビに舞台に大忙しなのですが、2018年1月13日放送の文化放送「和牛のモーモーラジオ~このラジオ、レアですね。和牛だけに…MOWMOW~」にて、私のメールが読まれました!わーいわーい!快挙!!!

 

正直30通は送った!(笑)

 

M-1の優勝を逃して落ち込む水田、川西にそれぞれ好きなところを送ってください!という趣旨のメールテーマでしたが、本当の意図は「和牛の人気は川西9:水田1じゃない!川西6:水田4くらいだ!」という説を水田さんが立証したいということでした(笑)

 

5:5だ!じゃないところが水田さんの可愛いところですね。

 

それにしても、奥会津で水田さんが呼んでくださった「ゆかりちゃん」を、今度はラジオネームとして読んでくださって、しかもそれを録音できたという喜び…

 

しかも私の送ったメールによって水田さん、川西さん、バイク川崎バイク(BKB)さんが会話してくれるという幸せ…私ここに存在してる…!

 

そして、奥会津では水田さんに話すのに精いっぱいで、川西さんに何も言えなくて悔しかったので、今回川西さんについて2通(1通目は水田さんが、2通目は水田さんとBKBさんの後ろで川西さんが読んでくださった)読んでもらえてほんとによかったです…

 

あ、僕の言葉遣いが?なるほどね、ありがとう。って川西さんが私のメール読んだ後言ったんだけどその、声の優しいこと…私が園児なら泣き止んでますわ…霊なら成仏してましたね…

 

ANNRでぜんっぜん読まれなくて、でも、和牛めっちゃ好きだしペラいファンだと思われるのはやだぜ!と思って、あと何よりも単純に和牛の好きなところを思いっきり伝えられるということで張り切って送って結果採用されたのが

 

「川西さんの羽生結弦くんみたいなスタイルが好きです」

「川西さんは女の子みたいな可愛い顔で、ちゃんとした河内の社長みたいなところが好きです」

 

文字にしてみるとめっちゃペラい!(笑)

 

ペラくてもなんでもいいや~それも和牛に対して思ってる「好き」の一部だもんね。

 

和牛が存在してて、私が和牛を見付けてファンになって、地方だからしょっちゅう観に行ったり出来てないけど、でも確かに好きで、元気貰ってて、和牛が出会う人の中で私のそれは埋もれそうな大きな波の一粒なんだけど、その一粒を拾い上げて見つけてくれて、

 

私の気持ちってここにあるんだなと。ちゃんと生きてるんだな私。思ってること伝えたら届くんだな。って思いました。私の思ってることを伝えて、喜んでくれる人がいるんだ、って思いました。今までそう思ってなかったということにも気づいたし。和牛と同じ時代に生きて、ファンやれてよかった。また和牛から学べた。

 

ラジオってすごいですね、なんかあのブースに居るわけじゃん。私は居ないけど私の送ったメールと和牛とBKBが。んでそれについて話すじゃん。なんだそれ。すご。(語彙の欠如)

 

次のМ-1獲った後くらいにはレギュラーのラジオをどーんと構えて、愉快にのびのびやってほしいなあ。今回のラジオを聞いてほっこりと思いました。また次ラジオあったら送るぞー!わーい!

京都の牧場から日本ラジオ界のエベレストへ

和牛のオールナイトニッポンRを聞きました。

 

開始何分かは、ここはKBS京都かと思うようなほのぼのトークを展開しておられたので録音しながらのほほんと聞き流しつつ適当にトランポリンなどに興じておりましたが、そこは日本深夜ラジオ界のエベレスト、ANNR。

 

「くそじじい二人が喋ってるんですか?ずっとほっこりしています」

 

「ANNに緊張していない感じが癪にさわる」

 

「せっかくの冒頭をおも湯みたいなトークで済ませましたね」

 

わー(笑)

 

すごいなあここがANNRなのか。京都のほのぼのしたおもしろ牧場で和牛さんを深く知った身としては結構衝撃的。深夜だから下ネタメールも来るし…

 

でも的を射ている。確かになんかほのぼのしてていいけどなんとなくふわっと聞き流しちゃいがちよな、安定感があるともいうけど。

 

謎のカリスマ音楽キュレーターSHINJI、病み上がりのナンバー2ホストソイヤなど次に繋がりそうな感じなのでまた楽しみにしとこう。

 

ちなみに水田さんのコーナー、社会正義宛てに15通くらい送ったけど全然読まれなかったー!(笑)

ジョンヒョンのニュースから得るもの

それは普通の月曜日でした。

 

私はお笑いファンでもありますが、2人になってから東方神起にハマり、過去も含めて大好きな、いわゆるトンペン(東方神起ファンの総称、bigeastとも言う)でもあります。次の日は日本テレビ『スッキリ!』に東方神起が生出演するとあって、ちょっとだけ浮かれてその日を過ごしていました。

 

「ジョンヒョン死んだってマジなのか」

 

疎遠になっていたトンペン友達とのグループLINEが鳴りました。

 

ジョンヒョン、SHINeeの、ジョンヒョン?あの、元気そうな、なんかバスケ部とかに居そうな、体育会系そうな、練習生の時ちょっとダサめでかわいかった、あの、素晴らしいボーカルの…?

 

正直、彼のことは深く知りませんし、ライブに行ったこともありません。けれどアルバムを聞いたり、所属事務所のライブSMタウンのライブビューイングで彼の、彼らのパフォーマンスを見ることがありました。

 

コンテンポラリーな、他を圧倒するダンスとボーカルパフォーマンス、繊細で表現力豊かなバラード、かと思えば話す日本語はかわいらしくメンバーも仲良くほんわかとして。

 

SМタウンでしか見ないけど、これからも見れると、SHINeeが、歌い踊るジョンヒョンが見れるのは当たり前のことでした。そう思い込んでいました。そうではなかったのに。

 

お姉さんによると、うつ病を患っていたらしいジョンヒョン。脇腹にはうつ病患者であるという意味の黒い犬のタトゥーがあったとか。彼の目の前の無数の選択肢はあの時、ひとつしか見えなくなってしまったのかもしれません。責めたくもないですし、怒ったりもしません。憐れむことも違う気がします。

 

よく頑張って今まで生きて来てくれた。27年よく生きてくれた。素晴らしいステージを見せてくれた。笑顔を見せてくれた。あなたは27年で死んでしまったのではなく、27年も生きてくれたんだ。ありがとう。疲れたでしょう、しばらくゆっくり休んでください。

 

私もかつて、黒い犬に支配されて毎日東日本大震災の時のような得も言われぬ不安に襲われていた時があります。今でもその黒い犬は居るのですが、一応リードを付けて、コントロールしながら飼っている状態です。

 

そして、弟を亡くした姉でもあります。弟は自殺ではないですが、持病を持ち、またその状態が思わしくなく、なのにすこぶる明るい子でした。その日も最近の症状について相談しに病院に行こうと、母が彼の部屋を開けたときには亡くなっていたので、持病とはいえ所謂突然死でした。というか、あまりの突然の別れで解剖を希望しなかったので、死因は分かっても原因は良くわからないといったところですが…(ちなみに事件性はないです)

 

幼馴染のお母さんや、幼いころからお世話になった料理店の板前さんなど、ここ数年自ら死を選ぶ人を目にして、やはり生きたくても生きることが出来なかった弟を持つ姉としては複雑な思いがありますが、同時に黒い犬を飼う当事者としては次々襲い掛かる恐怖に耐え続けることがどんなことか、知っているだけにやるせない思いがします。

 

選択肢を提示された時、パニックに陥ると、生きるか死ぬかその二つしか、もしくは後者ひとつしか見えなくなる時があります。

 

LINEやメールや電話や、口頭でも、すぐに返事をしなくていいです。すぐに決めなくていいです。考えさせてください、とか、無視でもいいです。一旦はい、と言ってから断ってもいいです。バックレてもいいです。

 

生きるためなら何をしてもいいです。

 

死んだように生きてもいいです。

 

何も出来ないカッコ悪いろくでなしでも生きていてほしいです。世の中は広いから、そのろくでなしを見て癒されたり、面白がってくれたり、愛してくれる人が居ます。必ず。

 

テレビやニュースで見る英雄にならなくていいから、歴史に名を残さなくていいから、終わるまで生きてほしいです。ちゃんと終わります。あっという間に。

 

持っていないもの、出来ないこと、嫌なことは数えたらきりがないから、持っているもの、出来ること、好きなことを数えましょう。

 

これは誰かに伝えることもそうだし、自分自身にも伝えたいです。生きよう。そして出来れば、楽しもう。

 

怒られたら、ごめんなさいね、と言い、褒められたら、うれしい!と言って、困ったら、助けて!と、嫌なことは嫌、と言って、やりたいことはやって、生きていこう。

 

死を考えることは生を考えること。ジョンヒョン、ありがとう。特別な月曜日を越えて、特別な一生を生きていきます。またいつか、向こうであなたのパフォーマンスが観れると信じて。

選択肢を見付けていこう

Xperiaにしました。わーいわーいSonyだ!

 

何がいいのかは分かんない。でも、テレビでやってるから良さそう。スマホカバーもiPhoneの次に種類あるし。やったやった。

 

よくわかんないけど、画素も多いし。音もいいんでしょう?ん??

 

こんにちは。よく分かんない、が口癖です。

 

家に居ますがおばあちゃんの内職を手伝ったり家事したりで何かと忙しいと言えば忙しいです。地味に忙しいけど社会人の皆様とは比べ物にならない程度なんであんまり偉そうに言えない。

 

専ら最近頭の中は和牛。今夜のご飯は豚です。たぶん。決めてない。決められない。めんどい。5時なのに暗い。冬の新潟は暗い。

 

この間年末のアルバイトの依頼が親戚から来たのですが(ありがたいことですね)

 

前回はやってない気がしたし、今回も無いと思っていたところでの依頼だったので慌てふためきました。

 

ああいう時って、何でしょうね、絶対に嫌だ!!!!ってなるんです、いつも。お願いします、って依頼されて働かせて貰えることがどんなにありがたいか、は分かっているつもりなのですが…

 

落ち着いてくると、まあ何日かだし、やったことあることをやるのだろうし、出来そうじゃない?って自分に言えるんですけど、まず浮かぶのが無理!いや!やらない!なんですよねえ…いじわるしてくる人とかいないんですけどね…

 

お願いされて、最終的には受ける。別にいいじゃないですか。でもすっっっごく嫌な気持ち。

 

なんでそんなに嫌なんだろう?と考えてみたところ。

 

選択肢がない

 

という結論に至りました。つまり。

 

仕事の依頼が来る→断りたい→しかしこの田舎で親戚をスルーして生きていくことは困難→今すぐここを出ていくor死ぬ→それは無理→受けるしかない

 

一択!!??

 

えっ、私やれって言われたら問答無用でやらなきゃいけないの…!!???みたいな…

 

そういう、選択肢がひとつしか見えない状態に陥るとパニくるんですねきっと。

 

本当は別に、無限に選択肢があるんですよね。

 

面倒なんでやりたくありませんと伝える(正直パターン)

 

年末大掃除したり家のことが忙しいんですいませんと謝る(美化パターン)

 

面倒だから親に断ってもらう(丸投げパターン)

 

いいけど短い時間じゃないと嫌ですと伝える(モノ言う若者パターン)

 

そっと無視(さようならパターン)

 

そっと無視いいな…(笑)

 

結局普通に受けたんですけど、その日が来るまでがもうつらいです…死へのカウントダウンが始まった気持ちです…いや、産まれたときから始まってるんだけど…

 

体力もそうだけど今何してるのとか陽気に聞かれたら答えに窮して精神が死にそう(笑)

 

でもまあ、私にはまだ「直前でやっぱり断る」とか「途中で断る」という選択肢もあるぞ!と思って、それをお守りに働こうと思います。

 

そう思いながらもきっと、しんどくてもめっちゃ真面目に明るく働いちゃうんですけどね…それがまた嫌だ(笑)

 

みんな敵じゃなくて味方だから信じて働こう、お金ももらえるし…暇つぶしと気分転換になるし…ご飯が美味しく食べられるし、はあ。

 

嫌なことは断ろう。来年はそういう一年にしたいです…(笑)

相談という名の独演会

「これからカラオケ行かない?」

 

平日の真昼間、午後二時。奇跡的に化粧をして外へ出ていた私はその誘いに乗った。

 

今にして思えば事務のあの子がそんな時間にカラオケなんておかしいのに。

 

さあて何歌おうかな。私はカラオケが好きだ。というか歌が好きだ。それ以上に、人に歌を聴いてもらうのが好きだ。なぜかって、絶対に褒めてもらえるから。

 

ガラスのドアを開けると彼女が居た。

 

何歌おう、カラオケ久しぶりだ、今日はどうしたの?

 

その瞬間待ってましたと言わんばかりに愚痴がはじまった。

 

最初の1時間は聞くことにした、うんうん、そうか、それは大変だよねえ。

 

次の1時間は改善点を指摘した。そんなに嫌ならやめたら。と。好きなことをしたら。と。

 

最後の1時間は呆れていた。何度も何度も繰り返す愚痴。行っては戻る愚痴。アドバイスはことごとく「だって、でも」で否定されていく。「そう言われても私やらないんだよね」「私わがままなんだ」

 

話を聞いてほしいだけなのだ。嫌な状況、かわいそうな状況に身を置いて、かわいそうね大変ね、と甘やかしてほしいのだ。かまってほしいのだ、この子は。だから手放さない。辛い職場を、煮え切らない態度の想い人を。将来の不安を。

 

もう夕ご飯の準備をしなきゃいけない、と止まらない愚痴を遮って私が言ったのは3時間半が過ぎたころだった。午後6時近い。一曲歌うと、やっぱり褒めて貰えて、ここに来て初めていい気分になった。最後にもう一曲、二人で歌って、じゃあ、と別れた。

 

最後出口でもまだ言い足りなさそうに「私甘えたいんだよね」と零す彼女はちっとも儚げでもかわいそうでも悩み多き人にも見えなかった。気味の悪い強欲な怪物のようだった。

 

別れてから2時間後、彼女から「今日は突然だったのにありがとう、言われたことやってみようかなと思う。次は楽しく遊べるようにするね」の文字が送られてきた。

 

ぞっとした。楽しかったくせに。興味と関心を一身に受けて、あなた以外にも相談に乗ってくれる人はいるのよ、と優位に立って見せて、私の意見をことごとく否定して言葉尻を奪い取って私つらいの、かわいそうなの、と自動小銃を連発して。自分の話だけして人を否定して快感なのだ。やめられない麻薬だ。これからも彼女の人生はかわいそうに溢れたものになるだろう、たとえ、他人から見てそれがどんなに恵まれていても。

 

似ているのかもしれない、そうも思った。かつての私も人の興味、関心が欲しかった。けれどそれすら出来なかった。嫌われることが怖かった。

 

今、私は私の本音と向き合っていきたい。もう誰かに振り回されたりしなくていい。どうでもいい誰かのことじゃなく私をまず喜ばせたい。

 

自分の意見をはっきりと持つあの怪物に嫉妬しながら私は、また遊ぼうね、そう返事をして、静かにブロックを選択した。

楽しむために生まれたことにしました

引きこもり同然なので運動不足解消のためにトランポリンなんぞをやるのですが、これがまためちゃくちゃ楽しい。

 

何だか分かんないけど楽しい!楽しい!!(和牛のラジオ聞きながらだからやったからか)

 

って30分くらいやって息を整えて、飲み物飲んだりして、ふう、と一息つくと

 

ふと、野村のサッチーの死因が虚血性心不全だった、心臓に負担がかかった高齢の人に多い病気で…などという一文を見つけて青ざめるわたし。

 

いや、高齢じゃないけどね、一応。マエケンさんもそれだったけどその時のマエケンさんよりもずっと若いから大丈夫と思うけどね…でも圧倒的に運動してないので恐ろしくなったり。ううんでも運動気持ちいいんでまたやるけど…

 

なんかこういう時ふと、人生をああもうめんどくさいなあ、全部やめてしまいたい、とかも思うのですがその反面めちゃめちゃ死にたくないので、ああじゃあ、生きていくしかないなと。

 

死ぬのはまあ、決めなくても焦らなくても確実に決まってるじゃないですか。大金持ちも貧乏な人も美人もそうでない人も、必ず生まれたら死ぬので。

 

そして、産まれたら、死ぬまでは生きることが出来る。それは約束されてるわけですよ。期間や環境の違いはあれど。

 

どうせ生まれてしまったし、どうせ死ぬし。その間生きてるなら、楽しみたい。

 

今のところ私の楽しいことって生でお笑いやステージを観に行くことだから、それを定期的に叶えられるようにするとか、あとは歌うことが好きだからnana(カラオケアプリ)に歌を投稿するとか、カラオケ行くとか、こうやって文章を書くことも好きだからブログとか小説とかノートに色々書くとかかなあ…ああ、友達と萌えの交換をするのも好きだなあ…互いに萌えを尊重し交換し合う女子会…

 

そんな折今日ワイドナショーとろサーモンと和牛が出てて、川西さんが「(優勝を目指すあまり)今年一年漫才が楽しくなかった、来年は優勝の期待値もあるけど楽しく漫才をしたい」というようなことを仰っていて、

 

刺さるなあー!と。あんだけ頑張って頑張って、けど優勝とはいかなくて。それはやっぱり頑張りが足りないとかじゃないんですよね。あそこに出られる芸人さんで頑張りが足りない人なんているわけないですし。

 

私は漫才師じゃないけど、自分を知りたくてちゃんと向き合いたくて仕事を辞めた私にもなんか、響きました。

 

自分と向き合う作業はつい、説教じみてしまうというか、こうも考えられるじゃないかとか、ともすれば自分の感情を否定してしまうこともあって…

 

それって本末転倒なんですよね、自分の声を聴きたくて始めたのに、自分で自分の声にフタをして言う事聞かせようとして。

 

どんなに支離滅裂な論理でも、圧倒的に私が悪くても、一度は自分の声をそうだね、それはしんどかったね、って聞いてあげなきゃなあ、と思いました。しっかり味わわなきゃと。しっかり噛んでよく味わわないと食べた気しないというか、消化に悪いですし。

 

そもそも自分に向き合うの好きなはずで、自分が好きなはずで。最近は向き合うたびに自分からも叱られるから向き合うのも嫌になってたなあと…もう、その自分と向き合う作業も楽しくしたいです。向き合うのも楽しい、向き合った未来はもっと楽しい。人生を楽しむために私は生まれたと、そう思うことにしました。

 

一生勉強だとして、教科書は選べるわけです。私の今の教科書は和牛で、和牛はもちろんすごいし、そんな素敵な教科書を選んだ私もすごいと思いたい。

 

とりあえず3月のM-1ツアー行きます。和牛のある人生はきっと楽しい。